アート - バレエ・舞踊

新国でバレエ「白鳥の湖」

新国でバレエ「白鳥の湖」。
ザハロワとウヴァーロフのコンビ。

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バレエという芸術の素晴らしさをしみじみと実感できる舞台だった。

何よりザハロワが素晴らしい。

その素晴らしさといったら。どう表現すればよいか。

その踊りを観られたこと自体が、何か重大な歴史的瞬間に立ち会うことができたような高揚感をもたらしてくれる。

さらに今日は指揮者とオケも素晴らしく、演奏もものすごく充実していた。この作品や、くるみ割り、ロメジュリあたりは演奏に気合いが入っていると本当に素晴らしい体験ができる。

なかでは唯一ウヴァーロフが精彩を欠いていたように思ったが体調でも悪かったのだろうか。

正直「白鳥の湖」は見飽きた感もあったりしたのだが、定番だからといって舐めてはいけないなというのを実感した。音楽でいえばブラームスの1番のような存在か。

今回の公演、ザハロワの出演は27日(金)にもう一度ある。観ようかどうか迷っている人がいたら、ぜひ観ることをお勧めする。また、このサイトに別カテゴリーを読みに来た人の中で、一度バレエを観てみようなんて思っている人がもしいたら、その人もぜひ。

2008年6月24日(火) 19:00開演
新国立劇場オペラ劇場
バレエ「白鳥の湖」

【振付】マリウス・プティパ/レフ・イワーノフ
【作曲】ピョートル・チャイコフスキー
【演出・改訂振付】牧阿佐美
【指揮】エルマノ・フローリオ
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

主なキャスト
【オデット/オディール】スヴェトラーナ・ザハロワ
【ジークフリード王子】アンドレイ・ウヴァーロフ
ロートバルト:市川透
王妃:坂西麻美
道化:グリゴリー・バリノフ
王子の友人(パ・ド・トロワ):本島美和、丸尾孝子、マイレン・トレウバエフ

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新国でバレエ「ラ・バヤデール」

新国でザハロワのバヤデール。

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ザハロワはこの2~3年新国に出ずっぱりだが、相変わらず素晴らしくて見飽きない。

マトヴィエンコは4~5年前に比べて上手くなったような気がする。

ところでこの作品、初めて観たのだが、率直に言って踊りのないシーンが多すぎる。マイムを観に来たわけではないんだぞと。

また、インドの話といいつつ、バレエの見せ場となるシーンはほぼインドとは無関係だし、こういう作品である必要性がどこにあるのかよくわからない作品。

2008年5月24日(土) 14:00開演
新国立劇場オペラ劇場
バレエ「ラ・バヤデール」

【振付】マリウス・プティパ
【演出・改訂振付】牧阿佐美
【作曲】レオン・ミンクス
【指揮】アレクセイ・バクラン
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

主なキャスト
【ニキヤ】スヴェトラーナ・ザハロワ
【ソロル】デニス・マトヴィエンコ
【ガムザッティ】湯川麻美子

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東野祥子『いつだって目は開けていたい』

先月、BABY-Qとしての公演「GEEEEEK」が個人的にはいまひとつだった東野祥子。

BABY-Qとしての公演ではないながら普通では考えられない短いスパンで行われる今回の公演。クオリティには疑問を感じながらも観なくてははじまらないということで足を運んでみた。

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12/8(土)19:00 神楽坂 セッションハウス
レジデンスアーティスト公演 東野祥子
『いつだって目は開けていたい』
演出・構成:東野祥子
出演:池田理枝、垣内友香里、ケンジル・ビエン、しゅうた、新宅一平、多田汐里、野口千明、東野祥子、樋口洋子、 BUN666、宝栄美希、皆木正純、山本泰輔、吉川千恵、(ロマンス小林)

結局のところ、東野祥子という名前でクレジットされてはいるものの、多くのダンサーが出演しており、本人が踊るのはラスト10分程度のみ。それまでは舞台上に出てはいるが、ただ椅子に座っているだけ。観てる人の中には「だまされた~」と感じた人もいたのではないか?

いや、本当のところ、作品がしっかりしたものなのであれば、本人が踊るのがラスト10分だけであろうと何ら問題はない。問題なのは作品自体があまりにもお粗末なものであったことだ。

当日会場で配られたリーフレットによると、出演メンバーがいくつかのグループをつくり、それぞれが『いつだって目は開けていたい』というテーマでダンスをつくってきて発表し合い、それを東野がひとつの作品となるように手直し・調整した、ということらしい。

しかも驚くことに、グループごとにバラバラに想起されたそれらのダンスは、オムニバス形式で順番に展開されるわけではなく、同一空間・同一時間軸の中でパラレルに展開されるのだ。

申し訳ないが、こんなことがちょっとした手直しや調整で成り立つ(ひとつの作品としてまとまる)わけがないのである。

それとも、古い言葉ではあるが〈脱構築〉のための試みだったりしたのだろうか?

いや、それにしても、作品になっていないという点で〈解体〉はできていたのかもしれないが、残念ながら〈再構築〉はできていなかったわけで。

類まれな身体能力と身体的センスを併せ持つ稀有なダンサーだけに、こういう作品を見せられると「もったいないなぁ」と思わずにいられない。

大きなお世話かもしれないが、自分で何から何まで手がけるのは辞めにして、誰か然るべき演出家と組んで作品をつくってみてはどうだろうか?

たとえば、ぱっと思いつくところだと、飴屋法水。今となっては大昔といった感はあるが、東京グランギニョルやM.M.Mで見せていた飴屋の方向性は、東野のそれと相通じるところも多いような気がするし、我ながら絶妙な取り合わせだと思うのだが。

それと、これまた大きなお世話だろうが、意味のない他ジャンルとのコラボや、予期せぬ何かなど生まれるはずもないインプロなんかもいい加減辞めにした方がよいと個人的には思う。

それにしても、来年1月には今度はBABY-Qの新作公演が大阪で予定されているらしいし、それ以外にもパフォーマンスやらワークショップやらいろんな予定がわんさか入っているらしい。何もかもが加速していて次々に変化していく時代ではあるんだろうが、果たしてこんなんで大丈夫なんだろうか?

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